先輩は一人しか飲まないのにデカンタでワイン注文し、自分の身体の前にごとんと置いた。12月ももう中旬なのに、なぜか先輩はTシャツを着ていて、「MATSUDO CITY」と書かれていた。松戸市に行ったとき、2000円で購入したらしい。
一杯目だけ、そっとつぐと「ありがとう。お前さんはいつも気が利くね。おれさぁ、今でも覚えているんだけど、お前さんがはじめて新歓の時に、みんなにビールを継いでいたでしょ。こいつはすごいなと思ったね」と先輩は言う。この話はもう50回くらいは聞かされていて、そのたびに私は懲りずに毎回うれしい気持ちになる。先輩は私が気の利くことに自信のないことを見越して、そう言ってくれるところがある。
「あのね、おれは、お前さんに言いたいことがある」とあまりお酒が強くない先輩はヘロヘロになりながら私に言った。
最近、『ピンポン』のアニメをみているんだけど、体育会系の部活をやっておけばよかったなって思うわけ。アクマが、自分の才能に絶望して卓球を辞めるでしょ。「受け入れちまえば、安心できた。見通しも利いたよ。」ってペコに向かっていうじゃない。ああ、すげーなって思って。体育会系の人は自分よりすごい人がごろごろいるから絶望できるけど、おれ、ずっと才能に絶望したことがなかったから、今でも何者かになれると思ってる。だから体育会系になりたかった
ここまで絶望しなかったのもすごいですけどね
そうなのよ
先輩は私が出会った中で一番賢いし一番コミュニケーション能力が高い。そしてフリーターなので一番賃金が低い。先輩になにかが足りないとするならば、絶望なのだろうか。私は腕を組んで、そうですか、とつぶやいた。そうそう、と言って、先輩はお通しの冷え切った大根の煮物をちびりと口に運んだ。
もう一軒行くぞー! と先輩は道の真ん中で大きな声で叫ぶ。結局デカンタはのみきれなかった。これは俺が持って帰る、とごねていた。少し歩けば、お店はあそこだ! と叫び、速やかにお店が決まる。みんな、この人についていけば、飲み会は万事安心なのだ。お腹が痛くなった私は、2次会は帰ることにした。
「お前さんのビジネスについてはようわからんが、この前載っていた記事は素晴らしかった」と帰り際、先輩は私に言った。道端にある他人の自転車に勝手にもたれかかり、これはおれのだ、と主張しながら。そうやっていつでもうれしいことを言ってくれるんだこの人は。でも私はいつも、何も先輩にいえず、そうですねぇ、とわかったように腕を組むしかない。
2015/12/8