東京の冬は寒く、ひもじい。仕事は忙しい。見通しも立たない。夜はもう遅い。私はしおしおとしおれてしまい、間借りしているオフィスの机につっぷした。
ぽてちゃんがもうダメや、と私と同じように間借りしているマエムラさんは、仕事の手を止めて笑いながら言い、
「こういうときは、ウーバーイーツや」
とそのきれいに塗られた爪でスマートフォンの画面を操った。「実はアンインストールしてたんだよね、一日二回マック頼んでたから」と言う。
後ろにのほうに座っていたSさんもやってきて、スマートフォンの画面を操る。指一本でごはんとつながれるたくましさを眺める。
どうやら配達する人の多くが出払っているらしい。小雨が降っていて、寒い夜だ。こんな日に、配達なんてしてもらっていいのかな、とあの四角い箱を背負った姿を思いうかべた。申し訳ないが、甘えることにした。
私がしおしおになっている間に、二人は配達してくれるピザ屋をみつけ、大きなピザと、チキンパーティセットと、サラダと、ポテトフライと、クラムチャウダーを注文した。あっという間だった。そうやって偉業を成し遂げたマエムラさんは、まだこれからオンラインの会議が残っているのだと、パソコンに向かった。
しばらくしたら、Sさんの携帯電話がピリリと鳴った。「ピザが来た」とSさんが嬉しそうに言うので、私まで嬉しくなった。電話を取ると、「はい、はい、わかりました、至急確認します」と言い、切ったあとに「ピザじゃなくて、編集者だった」と苦々しい顔で言った。
その5分後くらいにピザが来た。オンライン会議を終えたマエムラさんとビールで乾杯した。Sさんはこのあとオンライン会議があるとのことなのでパソコンに向かった。みんな忙しい。
見たことがないくらい大きなピザだった。切り方は甘かった。注意深く一切れ分を手に取ろうとしても、チーズだけ中央に残ってしまったり、あるいは隣のピザのチーズを奪い取った。攻め込んだり攻め込まれたりしながら、輪郭のあいまいなピザを口に運ぶ。
その中でもチーズの多い一切れにかぶりつくと、マエムラさんは両手の人差し指と中指を交差させ、「ハッシュタグ、最高」と言った。
「なにそれ、若者の間ではやってんの?」
「そ、会社でもはやらせてるし、取引先にも教えてる」
「マエムラさん、学生時代ギャルだったでしょ」
「そ、ギャルだったよ」
ギャルで神童で運動音痴だったらしい。
ピザもチキンもポテトフライもクラムチャウダーも少しずつぬるかった。寒い夜に運ばれてきた温かさだった。胃に落ちた食べ物が、その温度で私の内側を温めた。
アルコールによってぼんやりした頭で、マエムラさんの話に驚いたり笑ったりしていたら、気持ちと身体とがほぐれてきて、縮んでいたものが、のびやかに広がっていくのを感じる。それは、ひとりでは伸ばせない場所のように思う。
「そういえば、最近、彼氏と別れて落ち込んでいるんだよね」と私が言うと
「え、つまり、ハッシュタグ決断じゃん」
とマエムラさんは両手の人差し指と中指を交差させる。その軽さとやさしさに私は声をあげて大笑いし、照れくさいので「なんか、ムカつくなぁ」と言った。