12月28日
共用の廊下からゴロゴロと音がして、直江さんが大きなキャリーバックを持って部屋にやってきた。今日で色々と持ち帰るのだと言っている。クリスマスプレゼントのお返しに、スプーンとフォークとお箸のセットを渡した。
珈琲を飲んで少し話す。「一緒に仕事することによって、山ピーが風邪をひかない秘訣を解き明かそうと思って」と直江さんは言う。「牛乳を飲まないことかな」と私は言う。私は牛乳が大嫌いであるが、直江さんは大好きだ。部屋の冷蔵庫に牛乳を置くか置かないか日々せめぎ合っている。長期間同じ牛乳を置かない、という点で妥協しているが、隙があれば押し返そうと思っている。
直江さんは答えずにケケケと笑い、「さっき、冷蔵庫を見たけれど、アイスがあってびっくりした。アイスって買ったらすぐ食べるものでしょ。なのに食べないのは、すごい。甘いもの食べないからやな」と私を少し褒めて、話を終わらせた。なかなか隙を見せない人物である。
一緒に部屋の掃除をする。いま有効活用できていない一室に何を置くのかを考える。直江さんがコタツを置きたがるので却下する。手頃なソファーを注文する。
「持って帰るもの、意外とないな」と言って直江さんは空のキャリーバッグを引いて帰っていった。
仕事をおさめる。明日から始まる。
12月29日
あっ、と声を上げる間もなくペンキの缶が転げ落ち、蓋が外れ、中身がこぼれた。灰色の液体が広がっていくのを見て、柔らかさと温かさを感じ、我に返り、慌てて雑巾を探す。
間借りしている浅草のオフィスの大掃除なのに、むしろ汚している。ペンキは思ったよりこぼれている。床を拭けば拭くほど広がっていくように思う。日頃は得意なことばかりしていて偉そうにしているが、自分がいかに何もできない人間なのかを突きつけられた気持ちになる。
遊びに来ていた子どものTちゃんがその様子を発見し、「ぽてと、手伝うよ」と言って、ティッシュを手に床を拭く。ペンキをこぼした場所と、全然違うところを拭いている。「30歳を前にしてペンキの缶をひっくり返したら落ち込むよ」と言ったら、あんまり聞いておらず、別の場所を拭いたティッシュの裏を見せて「きたないね」とTちゃんは言う。「手伝ってくれて、ありがとね」と私は言う。拭いたあとを指差して、これ、バレるかな?と聞いたら、すぐバレるよ、とTちゃんは言った。
大人のYさんもやってきたので、これバレますかね?と聞いたら、「え、どこ、全然わからないよ」と言うので、やっぱり大人だなと思った。
ペンキを手と服につけたまま取材に行く。都内のタワーマンション。東京のビルとビルが見渡せる。一緒に行った編集のUさんは「私は幼い頃から、自分がこんな場所に住まないとわかっていた」と真面目な顔で言うのでおかしい。
4時間ほど取材し疲れる。なにも考えず松屋に入り、新商品を頼む。運ばれてきた時に「うわー!とても美味しそう!」ととても大きな声で言ってしまい、周囲の空気が緊張するのを感じる。サラダにドレッシングを二種類かけて食べる。
12月30日
劇団ノーミーツ「それでも笑えれば」を観劇。軽い気持ちで見始めたが、肩を震わせて泣いてしまう。特に東京での娘の活動を何も知らないふりをしていた母親が、実はすごく詳しく調べていたことがわかる部分で泣く。泣きながら準備をして外に出る。くるぶしソックスを選んでしまったので寒い。
編集のMさんと池袋ジュンク堂で待ち合わせる。まつ毛の先がオレンジだったので、かわいいねと褒める。「私、とっぽいと言われるんですよ」とMさんは言う。Mさんのお姉さんは私と同じ歳で、石原さとみに憧れるギャルなのだと言う。公園でMさんはコーヒーを、私はビールを飲む。ジェンダーや運動の話について、構えることなくかつ具体的で混み入った話ができて嬉しい。まつ毛の先のオレンジも瞬きするたびに揺れて、やはりかわいかった。献本を2冊いただく。またジュンク堂に寄り、Mさんとあれやこれや言いながら本を買う。帰りに「進撃の巨人」の話をして別れる。
KさんYさんSさんと第二回進捗報告会(※)。第二回であるが、なんの進捗を報告するのかはわからないままだ。KさんがSさんに「すごい、鎌倉武士みたい〜!」と「合コンさしすせそ」みたいな相槌を打つので笑う。それで喜ぶ男性がいるのかはわからないが、私は言われたら少し嬉しいかもしれない。Kさんは私に「大きくなったら何がしたいですか?」と聞く。「もう大人ですよ」と答えたが、もっとビックになったら、という意味らしい。「ゆるふわエッセイを書きたいですね」と答えるが、しっくりこなかったので、宿題にしたい。
沖縄料理を食べる。帰省したような気持ちになり、心が温まる。
12月31日
間借りしているオフィスで仕事をする。Sさんがタブレットをいじりながら、「東京、1300人だってよ」と言う。
17時に寒くなって、仕事を終えることにする。ビール飲む? と聞かれ、頷くと、冷蔵庫からにょきっとビールを渡される。カバンに入れようとすると、プシュとSさんが開けたので、私もならって開けることにした。浅草のまっすぐな道を、ビールを飲みながら歩く。寒くて手が震える。
東京に実家があるSさんに、「実家に帰るんですか?」と聞くと、「正月ね」と言う。「最近仕事どう? とか聞かれます」と聞くと「親は連載とか全部読んでいて、よくわからないけど、あなたの探しているのは愛なんだね、と言われた」と話すので大笑いした。「良いお年を、と言うの嫌いなんだよね、また会えない感じがして」と、へんてこナイーブなことを言うので私はまた笑った。じゃ!と代わりに言ってSさんと別れる。
一人になり、今年インタビューした人の言葉を思い出す。「教養とは、運命として与えられた生まれ育ちから自身を解放するもの」と言っていた。来年はもっと勉強したいなと思う。年末らしい決意だ。良いお年だ。それにしても私は、いつでも前向きで好感の持てる人物だなと思う。21時半に寝て、24時半に目覚める。
1月1日
寝正月。ベッドで20時間ほどすごす。令和ロマンのYouTubeと、「クイーンズ・ギャンビット」を見る。夜に近所の神社にお参りにいき、牛のステーキを食べる。
1月2日
目覚めると、聞いたことのない鳥の鳴き声がしたので聞き入る。正月なのでフルーツサンドをデパートで買ってみる。人が大勢いる。
間借りしているオフィスで仕事をしていると、Sさんがやってきて「するね、仕事」と言い、ヤマタさんもやってきて私の顔を見て「ゲ」と言う。おしなべて感じが悪い。仕事の途中で近くの神社にお参りにいく。奉納神楽をしていたので、ぼんやり立って聞く。太鼓をたたく人はマスクをしているが、笛をしている人はマスクをしていない。戻ってヤマタさんに、娘Tちゃんへのお年玉を託す。500円。17時を過ぎたら、寒くていられなくなったので帰宅する。
浅草を歩きながら、祖母と電話をする。
「昨日、おばぁにLINEしたけど、既読無視したでしょ」
「ははは、ごめんね。東京たいへんね」
「東京はもう、緊急事態宣言が出されるかもしれん」
「だからよ、東京の人、東京の人」
なにか食糧を送るか聞かれるが、欲しいものがあるわけでもないので、答えられない。
「沖縄そばのセットでも送るね?」
「はっさ、一人で食べきれんよ」
「2日でも3日でも連続して食べたらいいさ」
沖縄そばセットは最低でも5人分はある。「ありがとう思いついたら電話するさ」と言い「はい、電話してね」と祖母は言う。電話を切る。きっと祖母は、「一人だってよ。あの様子だったら、彼氏はいないねぇ」と親戚に言って高笑いしているだろう。優しいが、そういうタイプのおばぁである。
(※)「進捗報告会」ではなく、「近況報告会」の間違いであると指摘がありました。私の記憶違いです。(1月6日追記)