5年目の成人式

「成人式のお知らせ」と書かれたメールが初恋の男の子から届いた。私は不機嫌になった。

中学卒業以来、ほとんど会ったことのない彼からの連絡が、一斉送信の事務連絡だったことにがっかりしたのもある。それ以上に、自分が逃げてきた場所に、成人として戻ることにうんざりした。

沖縄の成人式は悪名高く、派手な袴と髪色で、騒々しい車にのって爆音で街を走る様子が毎年テレビのニュースで映しだされる。

もらったメールには、私たちの中学の今年の袴の色とデザイン、横断幕をつくること、集合場所が学校近くのコンビニの駐車場であることなどが書かれていた。それはまさに悪名高い「沖縄の成人式」そのものだった。

派手な袴は、違う中学校で色がかぶらないように、毎年持ち回りで決まっている。髪を金髪やリーゼントにして、刑事みたいなサングラスをかけた男子たち。「○○中○○期参上!」と書かれた大げさな旗を車にくくりつけ、コンビニからみんなでそろって出発するのだろう。

地元の中学はのどかな場所だったけれど、その分、人目につかない死角も多くて、お墓、海辺の岩陰、公園の滑り台の下などで、暴力、セックス、飲酒、喫煙が横行していた。みんな、周りの目を気にしながら、やりたくもないのに非行に走っているように私にはみえた。それが土地柄なのか、思春期のせいなのかはわからない。いい思い出だと振り返る人もいるのかもしれないし、私も楽しい思い出はいっぱいある。でも、少なくとも私は、そこに打ち解けられなかった。

高校2年の夏休み、「みんなで夕飯食べるからお前もたまには来いよ」と中学の同級生に誘われた。自分がお酒を飲んでいなくても、同席していたら、高校は停学になる規則だった。「お酒を飲むのは困る」と言うと、大丈夫、と彼は約束した。

当日、会場は彼の家から海岸に変更になった。遅れていくと、ブルーシートに胡坐をかいている同級生たちと、砂の上には泡盛の瓶と氷、さんぴん茶、シークワーサージュース、缶酎ハイ、ビニールのコップが転がっていた。

地元の海はハリセンボンの腐ったにおいがした。ハリセンボンは釣れても成果にならないようで、砂浜に生きたまま捨てられ、ほうぼうで死んでいる。ここにはハエも多くいて、忘れさせないように定期的に、耳の横にきて羽音を聞かせる。その時も、みんなめんどくさそうに時々ハエをはらっていた。

私はブルーシートに座らず、その辺に転がっていた大きな珊瑚の死体を足でけって移動させ、その上にお尻をのせた。「さんぴん茶」とぶっきらぼうに言うと、誘ってくれた同級生は申し訳なさそうな顔をして、「酎ハイは、レモンも、新しい味もあるし。飲みたかったら好きなのとっていいから」と言った。

みんなだいぶお酒がまわっていた。お調子者の男子が、

「お前、早稲田行くために勉強してるんだって」
と私に言った。
「そう」
と答えると、
「じゃあおれは東大行くさ」
と言った。
「うん、頑張って」
ととぼけて答えると、周りはみんなどっと笑った。
「お前に東大いけるわけないさ」
と誰かが口を挟み、また大笑いが起きた。

なんにも面白くなかった。

そうやって、自分の価値をくだらないと見積もって、一生すごしていくんだろうか。お酒を飲まないと約束したのに、周りに流されて、簡単に飲んでしまいながら。

30分ほどで適当な言い訳をして帰った。みんな手でハエを払いながら、夜明けまで飲み続けるようだった。親には遅くなると言っていたので、1時間くらいコンビニで立ち読みをして時間をつぶした。

この場所から抜け出したい一心で、勉強して東京の大学に行った。沖縄から離れたので、両親は悲しそうにした。

成人式のお知らせをみたとき、私が必死で抜け出そうとした場所は、まだ同じような呪いにかかったまま存在しているようにおもえた。そんな場所で、成人なんて迎えたくなかった。

両親には「成人式には出ません」と言った。親戚や周囲の大人たちは、「両親に振袖姿を見せなさい。大人になりなさい」と私を説得した。私が偏屈なせいで親不孝をするんだとおもった。でも、どうしても嫌だった。

※ ※ ※

成人式から5年たち、沖縄にいる中学の同級生たちも、就職したり、結婚したり、子どもがいるとFacebookで知ることが多くなった。私も東京で、就職して、税金を納めて、私なりにちゃんとやっているつもりだ。

久しぶりに、テレビ越しからみる沖縄の成人式は面白かった。「超ウケる」とおもった。口から笑い声のような息も漏れた。

たぶん私は、沖縄らしさを嫌悪せずとも、東京にいられるようになったのだとおもう。東京にいる強烈な罪悪感が少しずつ薄れ、私の中の沖縄は、もう憎むべき対象ではなく、ユニークな一地方になってしまった。

成人式を笑えるのも「大人になった」のではなく、単に「関係なくなった」のだ。ハリセンボンの腐ったにおいも、今はよく思い出せない。5年目の成人式を、不思議な気持ちで迎えている。

2016/01/11

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