コーヒーと重み

階段をのぼる足音が聞こえる。

間借りしている浅草のオフィスは4階にあり、ビルにはエレベーターがないので、みな階段であがってくる。

マエムラさんはコツコツと柔らかく、Sさんはのしのしといつも同じリズムで、Yさんはトツトツと足音をあまり立てず、3階で作業をしているTさんはタタッと若い。

この足音はヤマタさんだと思う。感情が足取りにあらわれるタイプで、今日は足取りが重い。

にょきっとヤマタさんがあらわれた。私の顔を見るなり「ゲ!」と大きな声を出す。いつもの青いパーカーを着ている。

「そんな挨拶ありますか」

「いやね、思い出すんだよ。進んでないことを」

ヤマタさんは悪びれることなくそう言い、大げさにため息をついて、どかっと椅子に座る。

いまヤマタさんに協力している仕事があり、そっちが進めないと、こっちの方も進められないのであった。とはいえ、出来ないときは出来ないものだ。こういう時は仕方ないことを、私はよく分かっている。

そのかわりと言ってはなんだが、1日が終わるごとに関係書籍や雑誌をヤマタさんの机に一冊ずつ積んでいる。重ねられた本たちは、だいぶずっしりとした塊になった。両手じゃないと持てない重さだ。圧力をかけたほうが、煮込み料理も美味しくなると言うし、あと少しは意地悪もしたい。

コツコツと音がして、マエムラさんが上がってきた。「お疲れさまです」とヤマタさんに、「おつかれー」と私に、ちょうどいい温度感の挨拶をして席に座る。

ヤマタさんはまた大きくため息をついて立ち上がると、平均より高い身体をくの字にまげて「誰かコンビニいく予定ない?」と言った。

「コーヒーですか?」
「そう、ついでに買ってきてもらおうかなって」
「私の分、出してくれるならいいですよ」
「お、まじで」

やり取りを見ていたマエムラさんは私の方をみて、「ぽてちゃんって、体育会系やな」と言った。

ヤマタさんはかけていたコートのポケットから小銭入れを取り出して、ちまちまと中をまさぐり、100円玉を6枚くらい取り出すと、「コーヒー、M、いやLでお願いします」と私に手渡し、「3つ」とこの部屋にいる人数分を言った。

私はコトコトと階段を降り、コンビニに向かった。途中にある細い道で、杖を振り回し、頭上にあるピンク色の花を落とそうとしているおばあさんを見た。

コンビニでLサイズのコーヒー2つとSサイズのコーヒー1つを買い、持ち帰り用の袋をもらう。穴の開いた段ボール紙にコーヒーを刺しこみ、ビニールごとつまみ上げてみると、3つのコーヒーはバランスを崩し大きく傾いた。仕方なく両方の手のひらに乗せる形で持って帰る。先ほどのおばあさんは、もういない。

ヤマタさんにコーヒーを渡し、お釣りを返す。「もらっていいのに」と言うが、「いえいえ」と返す。マエムラさんはいなかったので、席に置いておく。

しばらくして、コツコツとマエムラさんが上がってきた。席にあるコーヒーを見つけると「ヤマタさんも、ぽてとさんもありがとう」と言って、一口飲んだ。

「3つ、どうやって持ってきたの?」
とマエムラさんは言う。
「持ち帰り用の袋をもらって」
と私は言う。
「え、そうなの。人がどうやって買ってきているのか、考えたことなかった」
とヤマタさんは言う。

1時間ほど仕事をする。マエムラさんが帰り支度を始めた。

「これから、仕事上の嫌なヤツに会いにいく」
と険しい顔をしている。
「嫌なヤツに会いにいく」
面白いので、私は復唱する。
「どう思う。やっぱ手土産いるよね」
「絶対いるね」
「えっ、どうして」ヤマタさんが言う。
私たちはふふ、と笑うが答えない。

「とらやかな」
「うん、とらや」
「羊羹かな」
「包丁で切らないといけないタイプのやつ」
「ずしっとね」
「とにかく、重いやつ」
「重さやな」

とらやの羊羹、瓶詰めのジャム、瓶詰めのお酢……

私たちは重そうな手土産をあげはじめる。

「だから、どうしてよ」
ヤマタさんが言う。私たちは答えずに、ふふ、と笑う。

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