魚の目

日中は友人の直江さんと仕事をしている。仕事に飽きたら、最近考えたことを話している。

「このごろ、恋愛について考えたんだけど」
「ほう」
「私が恋愛、というより正確には恋人に求めようとしているのは、パケ放題だと思うんだよね」

「パケ放題」おかしそうに直江さんは口にして、開いていたメモ帳に「パケ放題」と書きつける。
「ちょっと、人の迂闊な発言をメモするのやめて」
「いや、参考になるなと思って」という直江さんは悪い顔をする。

そういえば大学時代、同じようなことがあった。

その時私は寿司屋でアルバイトをしていた。非常に出来の悪いアルバイトで、なにも覚えられなかった。ポケットにメモ帳を入れて必死にメモを取っていた。それでも寿司屋の皆さんは優しく、まかないは2食ついていたのでありがかった。今日は終わったあとに友人の家でお酒を飲むのだ、と話したら、まかないや余った料理を袋に入れて、持たせてくれた。

イワタさんの家につくと、直江さんもいた。イワタさんは大学のサークルのひとつ上の先輩で、家が近かった私たちは時々集まっていた。

私がもらった料理を出すと、二人は歓声をあげた。特にマグロのかぶと焼きに二人の目は釘付けになった。

「私、マグロの目玉が好き」
とイワタさんは言う。
「私も」
と直江さんも言う。

「私は苦手です」と私は言った。沖縄ではこんな言い伝えがあるんですよ。ある貧しい漁師がキジムナーと出会って、魚をいっぱい取れるようになるんですけど、そのかわりにキジムナーの好物である魚の目玉をあげなければいけない。で、この漁師はキジムナーがめんどくさくなったので、追い払おうとするんですけど、逆に殺されてしまうんですよ。という話を長々とした。二人とも聞いておらず、魚の目玉を見つめていた。

「私の方が好きだと思う」
とイワタさんが言い、
「私もけっこう好きです」
と直江さんが言う。
両者一歩も譲らなかったので、じゃんけんをすることになった。

直江さんはパーを出した。イワタさんは指を拳銃のようにして出した。

「なんですかそれ」
「九州では最強のやつ。グーとチョキとパー全部入っているから」

結局再試合になり、直江さんが勝った。つるんとした目玉を割りばしで勝ち誇るように取り、口に入れケラケラと笑う。

そうこうしているうちに、酔いが回ってきた。私は調子に乗って、直江さんに恋愛についてのアドバイスをする。

「なるほどな」そう言って直江さんは、カバンから手帳を取り出し、その言葉をメモした。

「いいな」
とイワタさんは声をあげた。
「私もアドバイスしたい」
そう言って、イワタさんは立ち上がり、自分の本棚から1冊の本を取り出した。小悪魔になる方法を書いた本だった。イワタさんは真面目な顔で本を開き、

「小悪魔になるための方法1、さしすせそで男心をつかむ」

とそのまま読み上げた。「砂糖、塩、酢、しょうゆ、ソース?」と私と直江さんがまぜっかえすが超然としていた。

「小悪魔になるための方法2、ゴミついているよと言ってボーディータッチ」

「その男、ゴミだらけじゃないですか」とまた二人で笑っていたら、「こういうのは素直な気持ちで聞かないと」とイワタさんは言う。

そして「ねぇ、ちゃんと書いてる?」と直江さんの手帳をのぞき込み、「あ、書いてない、なんで? 書いてよ」とごねる。「山本さんも」と言われたので、私もアルバイトで使っているメモ帳を取り出し、メモを取る。

小悪魔になる方法は10個くらいあり、1つ読み上げる度に、イワタさんは私たちがメモを取っているかチェックした。「ねぇ、直江さん、山本さんのアドバイスと別ページに書いてない。同じページに書いて」と、ページの指定も忘れない。なぜこの人はこんなにも面白いのに、小悪魔を目指そうとしているのか。

後日、このメモ帳をバイト先の寿司屋のエプロンのポケットに忘れた。誰の物か確認するために開いたであろう大将から「意外と、勉強熱心なんだね」と言われて赤面した。イワタさんに目玉を食べさせておけばよかったと思う。

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