ブラジャーを買いにいった。
チカチカした色、ワサワサした装飾のブラジャーとパンツが、透明なハンガーにつるされ縦にも横にも奥にも並べられている。大きな値札がセール中だと教えてくれた。下着屋はいつも居心地が悪い。無骨でつまらない私の身体には、カラフルで繊細な下着は似合わない気がしてくる。
中学1年生のころ、ブラジャーのホックをはずすいたずらが女子の間で流行した。制服の上から指先で背中をまさぐり、ホックをはずす。その時はたまたま、公衆電話で母に電話をしていた。友人たちが楽しそうに背中をまさぐりだし、「ちょっと、そういうのは苦手かも」と私は強い口調で咎めた。その言葉の強さに自分が驚いてしまうくらい。少しの沈黙のあとに、「ごめんごめん」と友人たちは言い、気まずさをごまかすように私の背中をバシンと叩いた。
このいたずらは鬼ごっこにまで発展した。みんな、はずされた瞬間、「もう」と楽しそうに嬌声を上げた。「今日、5回目なんだけど」と言って笑った。でも、私のホックをはずそうとする人はいなかった。私のブラジャーはしっかりと胸を包み込んでいる。安心したけど、一人だった。そこで鷹揚にふるまえないから、いまひとつみんなの輪に入れないのかもしれない。ばからしい、と思うことは簡単だけれど、私は嬌声のひとつもあげれない、つまらない人間だと思った。身体は精神にあわせて、無骨でつまらなく変形していくようだった。この鬼ごっこの流行はすぐ終わった。
今年は少し体重が減ったので、「サイズをはかってください」と店員さんにお願いした。店員さんは小柄で、明るい髪色で、ほほにオレンジのチークを濃く入れていて、一目でおしゃれだとわかった。この人の身体は下着屋にとてもよく似合う。試着室に通されると、「もうちょっと奥に入ってもらっていいですか」と促された。下着屋の試着室にいるには、私の身体は大きすぎるのかもしれない。すぐにでも適当に買って逃げ出したいと思った。
胸にぐるっと紐を巻き付けられる。
「あっ」と店員さんは息をのんだ。
「お客さん、今日つけているブラジャーだったらサイズが小さく出てしまうかもしれません。小さくても気にしないでください。」
店員さんは快活だった。私は笑いをこらえて「はい、気にしないようにします」と答えた。ついでにお尻やお腹まではかられた。
はい、これどうぞ、店員さんは、それぞれの数値が書き込まれたカードを渡してくれた。無骨でつまらないと思っていた私の身体は、数字にしてみると大したことなかった。カップは日本人の平均だし、パンツのサイズもMだった。なんというか、普通だった。
私は同じブラジャーとパンツを2セット買った。
「同じものですけど、大丈夫ですか」店員さんは私に尋ねた。
「すぐ失くすので」
「そうかぁ。メール会員に入りますか」
「入りません」
2015/12/25